2012年7月2日月曜日

新宿の女

「新宿の散歩道」を書いてから色々調べてみた。
この道筋は女子医大から新宿三丁目方面に抜ける近道。
何年間も何も知らずに歩いていた。

西向天神の境内に「新宿の女」の歌碑がある。



なぜここにあるのか調べているうちに、
興味深いことが次々に出てきた。
う〜ん、あまり張り切るとタモリ倶楽部になってしまうなぁ。
少しだけ紹介します。

まず、文化センター通りと新宿四季の道は都電の軌道敷跡だった。
その軌道敷は蟹川・カニ川の流れる窪地を通っていた。
この窪地は大窪と呼ばれ、後に大久保となる。

蟹川の源流は西武新宿駅の真ん中にあった。
その流れは、歌舞伎町の外れを下り・・・。

なるほどそれで健康プラザ前の通りは蛇行しているのか。

ところで、新宿の女の歌碑のいわれですが、
歌碑の裏側に説明板があります。


「新宿の女」歌碑建立奉納
【由来】
昭和44年9月25日「新宿の女」で、
この西向天神より二人の若者が旅立って行き、
石坂まさをと藤圭子の名は時代を刻み、
伝説として語られるようになった。

詳しい話はこちらでどうぞ

4 件のコメント:

  1. baroqueさん♬ 
    タイトル見た時・・・
    とうと~~新宿の女に出会ったのかと・・・
    ビックリしたところで~~す。
    何だ何だ~~歌でしたか☆彡

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    1. kappaさん

      まだ寝ないの、決勝戦は3時半からだよ。

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  2. baroqueさん♬ 
    有難う御座います。
    もう~寝ないで起きてようかな~。
    寝過ごして・・・
    後半に成りそうね。
    baroqueさんは?仮眠するの?

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    1. 私は目覚ましをかけて一度寝ました。

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